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リーダーたちの未来図

社会全体の持続的な発展への貢献を目指して

セコム株式会社常務執行役員 セコム医療システム株式会社代表取締役会長 布施 達朗 USF 代表理事 諸橋 寛子

株式会社三井住友銀行
常務執行役員 経営企画部副担当役員 兼
株式会社三井住友フィナンシャルグループ
常務執行役員 企画部長
中島 達
USF 代表理事諸橋 寛子

三井住友フィナンシャルグループ(以下:SMFG)は、CSRを事業戦略の基盤とし、事業戦略と一体で取り組むものとして位置づけています。それは、社会と、地域と共に生きることを表しています。 また、SMFGの一員である三井住友銀行は、東京2020オリンピック・パラリンピック ゴールドパートナー(銀行カテゴリー)を務めるなどスポーツとも縁が深いです。金融面から見たスポーツ界、そして日本の未来についても伺います。

ひとりひとりが金融のスペシャリスト。

諸橋寛子本日はよろしくお願いします。こちらにポスターがありますけれど、東京2020オリンピック・パラリンピックは、三井住友銀行は銀行カテゴリーにおいてゴールドパートナーをなさっていますね。キャッチフレーズの「ひとりひとりが日本代表。」は、とても良いですね!

中島達氏このキャッチフレーズ良いですよね。僕も大好きです。 アスリートだけが日本代表ということではなくて、家族や身近な人の応援があってこそのアスリートだと思いますし、コーチもいれば、サポートしてくれる人もいて、みんなでアスリートを支えていることを表している言葉として良いなと思うんです。 従業員に対してのメッセージにもなります。我々が金融という分野で働く以上は金融のプロフェッショナルである必要がある。そうでないと、お客さまにご満足頂けるサービスを提供できないわけです。「みんなプロフェッショナルなんだから、自分のそれぞれの持ち場で、『日本代表だ!』という思いでやろうよ」という意味もあるんです。このキャッチフレーズは、約8万人のSMFGの従業員に非常に共感を呼んでいます。

諸橋仲間意識を共感するというのは、周りに与える影響も含めて良いですよね。

株式会社三井住友銀行 常務執行役員 経営企画部副担当役員 兼
株式会社三井住友フィナンシャルグループ
常務執行役員 企画部長
中島 達氏

中島氏我々としては、 SMFGの中の一体感をもっと改善していかなくてはいけない、という問題意識はずっとあったんです。SMFGの一員である前に、三井住友銀行の従業員であったり、SMBC信託銀行の従業員なんですよ。「自分はSMFGの一員である」と社員ひとりひとりが自然に言えるかといえば、現時点では必ずしもそうではない。そういう意味でも、オリンピック・パラリンピックのようなイベントは良いですね。あっという間に一体感が生まれ、社員同士がギュッとひとつに固まるいいきっかけになると思います。

諸橋人と人の縮まる距離も含めて、そういうところが、スポーツの持つ力なんでしょうね。そして、勝ったり負けたり、悔しさもあり、喜びもありっていうのが、さらにいいのかもしれません。SMFGには、オリンピック・パラリンピックの出場経験者や東京2020大会を目指しておられるアスリートって何人いらっしゃるんですか?

USF 代表理事 諸橋 寛子

中島氏SMBC日興証券に、リオに出場したパラリンピックのアスリートが4人います。候補も入れるとSMFG全体では13人の障がい者アスリートがいます。実は東京2020オリンピック・パラリンピックのスポンサーをやるまで、僕は恥ずかしながらこのことを知らなかったんです。 今年4月にはグループ全体で約1,800人の新人を対象とした合同研修で、パラリンピックに出た方や東京2020大会を目指しているグループの各社で働いている障がい者アスリート4人に話してもらったんですが、新入社員は本当に感動していましたね。アスリートからは、「夢を決してあきらめない」とか、「実現するまで夢を持ち続ける」とか、「そのために常に努力を怠らない」とか話してくれるわけです。そして、何より明るいんですよね、障がいを乗り越えて前向きに生きているんです。若い人たちに、すごく良いメッセージを伝えてもらったと感じています。



金融は経済を支える裏方、社会と共に、地域と共に

諸橋オリンピックに関わることもそうですが、SMFGとしては、様々なCSR活動をされていると聞いています。どのような理念を持って行なっていらっしゃるんですか?

中島氏我々は、三井住友銀行をはじめ、リース会社や証券会社、カード会社などからなる金融グループです。これは普通の事業法人と違う色彩があると思います。銀行は規制産業で、銀行法で認められている業務しかできません。一方で考えなくてはいけないのは、我々には「社会の公器」として果たすべき使命があるということです。 バブルが崩壊した後、銀行界は大変厳しい時期を迎えました。我々も公的資金を注入していただき、なんとかそれで不良債権処理をしてきました。残念ながら、正直、当時は社会のために活動する余力はありませんでした。公的資金を全額返したのが2006年ですが、その目途がたった2005年にCSR室を立ち上げ、CSRを本格的にスタートしました。これは、公的資金を通じて国や社会に支えて頂いたことへの恩返しをしていきたいとの思いからです。

諸橋もともとみなさんの中では、経営が安定した段階で社会貢献をするという思いを持っていらしたんですね。日本は欧米に比べると比較的遅くはあったものの、2005年頃は、社会的背景を含めてCSRが言われ始めた時期でした。 この10数年で、CSRの考え方が会社の中に入ってきましたが、御社の企業文化に変化はありましたか?

中島氏それはありましたね。私が銀行に入ったのが1986年で、バブルが崩壊する前です。この頃というのは、資金ニーズが非常に旺盛だった時代です。そういう時代だったので、自分たちが日本経済を動かしているんだといったような錯覚もあったと思います。 しかし、所詮、金融というのは主人公ではなく、経済を支える裏方です。社会と一緒に生きていくものなんですよね。さらに、地域と一緒に生きて行くということです。それぞれの地域の企業の皆さまの活動を支えたり、そこで暮らしていらっしゃる個人のお客さまの資産形成をお手伝いしたりして、金融の面から地域の役に立って行く、それぞれの地域に根ざしてやっていくということです。こうした考えの下で、我々としてもCSRを掲げて、より積極的に貢献して行くというふうに、社内のカルチャーも相当変わりました。我々が掲げる『Customer First』には、お客さまのおられる地域や社会に貢献する、ということも含まれますし、ひいては、日本経済の成長に確りと貢献していくことにも繋がっていくと考えています。

諸橋現在、会社の中でCSR活動は、社員のみなさんの中にどのような形で入っていますか?

中島氏自分たちが一企業であると同時に、企業市民であるということで、何ができるかという発想はものすごく強くなってきていると感じます。例えば、三井住友銀行であれば国内に支店が440くらいありますが、それぞれ独自に、それぞれの地域に貢献しようという活動をやっています。 具体的には、駅前を掃除するとか、近くの小学校や中学校で生徒に金融について話したりとか。銀行がどんな仕事をしているか話して欲しいという依頼は結構あるんですよ。自分たちの地域で何ができるか、自分たちで考え、自分たちで企画してさまざまな地域貢献活動を行っています。本部のCSR室が考えるだけでなく、現場でそれぞれの支店が自ら進んで活動しています。