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アスリートからの伝言

アイスホッケー普及のために、今できること。

「氷上の格闘技」とも呼ばれるアイスホッケー。リンク上で選手が激しくぶつかり合うボディチェックに目を奪われがちだが、スピード感溢れるスケーティング、華麗なスティックさばき、緻密なセットプレーなど見どころは満載。しかし、普及という面では今一つ広がりが見えない。女子サッカーやラグビーのように一気にメジャーへ昇格させるような起爆剤が必要だ。「やはり国際大会で目に見える結果を出すことが一番だと考えています。その一つが2018年開催の平昌オリンピック(冬季)出場ですね。日本は1988年の長野オリンピック以来、出場できていません。

しかし今回は最終予選へ進出することができました。最後の切符を手にするため、練習に妥協はしたくないですね。そしてもう一つが2017年開催の冬季アジア札幌大会です。前々回、金メダル。前回、銀メダルと相性のいい大会で、今回は札幌開催ということもあり、絶対に負けられない大会と言えます。これら大会で良い成績を残すことで、一気にアイスホッケーの注目度アップを目指しています。もちろん、自分が日本代表キャプテンとして参加することが前提ですけどね(笑)」

日本のアイスホッケー普及のため国際大会で好成績を残すことは速効性が高い。だが継続していくのは難しい。そこでアイスホッケーファンの底辺を広げる活動として、東北フリーブレイズのTSR(Team Social Responsibility)活動がある。企業のCSR活動と同様で「震災復興活動」をはじめ、「アイスホッケー普及活動」「スケート教室」など、チームスタッフや選手が子どもたちにその楽しさを伝える活動で田中選手ももちろん数多く参加している。「チームで行うTSR活動はとっても楽しいですね。僕もタイミングが合えば出来るだけ参加させてもらっています。子どもたちが目をキラキラさせている姿はたまりませんね。僕の場合は父親や叔父がアイスホッケー選手だったこともあり、自然と競技に入り込むことができましたが、多くの子どもたちはアイスホッケーに接する機会が多くありません。さらにテレビで見る野球やサッカーなど人気スポーツに興味を惹かれる子どもたちも少なくありません。だからこそ、TSR活動など地道な活動と、大きな大会での結果が今後のアイスホッケー界には欠かせないことだと考えています。今僕はその両方を実現できる立場にいるので、ぜひこのすべての実現を目指していきたいと思います」

挫折を繰り返しながら日本アイスホッケー界のトップアスリートへと登りつめた田中選手に最後に自身を含めたアスリートのセカンドキャリアについて聞いてみた。「僕を含め三兄弟全員がアイスホッケー選手だったのですが、真ん中の弟が現役を終えてチームスタッフとして活躍しています。しかも同じチームなのですがその姿を見ていると、それが理想のスタイルなのかなと思っています。現役を終えた後はコーチや監督など指導者ではなく、アイスホッケーファンの底辺を広げる活動に携わりたいと思います」と語る。ただ、まずは日本ナショナルチームのキャプテンとして、2017年のアジア大会、そして2018年の冬季オリンピック出場、そして田中選手の活躍に期待が膨らむ。

アイスホッケー選手田中 豪(たなか・ごう)

1983年10月6日、北海道生まれ。

トップリーグのアイスホッケー選手を父に持ち、その影響で6歳からアイスホッケーを始める(中学校卒業まで雪印ジュニアに所属)。北海高校、早稲田大学でアイスホッケー部で活動を続け、大学を卒業後は、アジアリーグアイスホッケーのSEIBUプリンス ラビッツに入団。2007年のアジア競技・長春大会では日本代表の一員として金メダルを獲得。その後、2009年のSEIBUプリンス ラビッツの解散を機に、ドイツ2部のESVカフボイレンに移籍。2010年にアジアリーグ・東北フリーブレイズに移籍。現在同チームのFWでチームキャプテンである他、2012年から日本代表ナショナルチームのキャプテンも務める。